東京地方裁判所 平成元年(行ウ)189号 判決 1991年3月29日
原告
高橋あい
右訴訟代理人弁護士
小薗江博之
被告
東京都世田谷都税事務所長
中島健一
右指定代理人
江原勲
同
鎌田正男
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が昭和六二年三月三日付けで原告に対してした別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)の昭和五七年度分から同六一年度分までの固定資産税及び都市計画税の徴収猶予取消決定(以下「本件処分」という。)を取り消す。
第二事案の概要
一長期営農継続農地に対する固定資産税等の納税義務免除制度の概要
1 市街化区域内の農地に対する固定資産税及び都市計画税の課税標準については、大都市地域における宅地供給を促進する等の見地から、いわゆる宅地並みの価格によってこれを定めることを内容とする課税の適正化措置に関する規定がおかれている(地方税法(以下「法」という。)附則一九条の二等)が、昭和五七年三月の法改正の際、長期にわたって営農を継続する意思のある者に対する配慮を行うため、長期営農継続農地に係る納税義務の免除制度が設けられた。すなわち、課税の適正化措置の対象となる市街化区域農地で現に耕作の用に供されており、かつ、引き続き一〇年以上営農を継続することが適当であるもの(長期営農継続農地)として市長等の認定を受けたものに対して課する固定資産税及び都市計画税については、五年間又は更にその後の五年間引き続き長期営農継続農地として保全されたことについて市長等の確認を受けたときは、当該期間に係る各年度分の当該農地の固定資産税額又は都市計画税額と課税の適正課措置に関する規定の適用がなかったものとみなして算定した農地課税相当額との差額に相当する額の徴収金の納税義務を免除するものとされている(法附則二九条の五第一項)。
2 また、市長等は、右の長期営農継続農地に該当する旨の認定をした場合には、五年間又は更にその後の五年間、当該期間に係る右差額に相当する徴収金の徴収を猶予するものとされており(法附則二九条の五第六項)、右の徴収の猶予が行われた場合において、猶予された固定資産税等について右納税義務の免除に関する規定(同条一項の規定)の適用がないことが明らかとなったとき、すなわち、長期営農継続農地としての認定を受けた者が当該農地を長期営農継続農地として保全できなかった場合は、市長等はその徴収の猶予を取り消さなければならないものとされている(同条七項)。
二本件処分に至る経過
1 本件土地は、もと高橋長五郎が所有していたが、その後同人が死亡し、原告、高橋タツ、高橋四郎及び長田ヨシの四名が各四分の一の持分割合でこれを相続した。その後昭和四四年から同四八年ころまでの間に原告は長田ヨシからその相続分を譲り受けたが、その譲渡に対する農業委員会の許可を受けるのが遅れ、昭和六一年になって、農業委員会の許可を得て、同年一二月に右長田ヨシの持分について原告への持分移転登記を行った。(以上の事実は、<証拠>によって認められる。)
2 本件土地は、原告がこれを農地として利用し耕作の用に供してきたが、原告ら各共有者は、昭和五七年六月二八日及び同五八年一月一〇日の二回に分けて、本件土地について被告に対して長期営農継続農地認定の申告をし、これに対し、被告は、同五七年一二月一〇日及び同五八年三月二四日の二回に分けて、本件土地を長期営農継続農地に認定し、原告らに対して、五年間及び更にその後の五年間の固定資産税及び都市計画税の徴収猶予を許可する決定をした。ところが、前記のとおり同六一年一二月に本件土地の長田ヨシの持分について原告への持分移転登記が行われたため、被告は、本件土地が長期営農継続農地として保全されなかったものとして、同六二年三月三日付けで、原告らに対して本件処分を行った。(以上の事実については、当事者間に争いがない。)
三本件の争点
本件の争点は、専ら、右のとおり原告が長田ヨシから本件土地の持分を譲り受けたことが、法附則二九条の五第七項によって徴収猶予の取消事由と定められている本件土地について「法附則二九条の五第一項の規定の適用がないことが明らかとなった」ことに当たるか否か、すなわち、本件土地の共有者の一人が他の共有者にその持分を譲り渡した場合には、所有者が本件土地を引き続き長期営農継続農地として保全したものとはいえないこととなるか否かの点にある。
この点に関する双方の主張は、次のとおりである。
1 被告の主張
(一) 法の規定上徴収猶予の取消事由とされている当該土地を長期営農継続農地として保全できなかった場合とは、当該土地での営農を止めたり、これを他の用途に転用したり、他人に譲渡したりした場合をいうものである。すなわち、法附則二九条の五第一項の「土地の所有者が当該土地を長期営農継続農地として保全した」といえるためには、同一の所有者が継続してその土地を所有していることが必要とされるのである。
(二) ところで、共有に属する土地については、法の規定によれば、その共有者全員が集合体として一つの主体となって、その固定資産税及び都市計画税の納税義務者となるものとされていると解すべきである。
そうすると、本件土地については、固定資産税等の賦課に関する法律関係の上では、当初長期営農継続農地としての認定を受けた当時は長田ヨシを含む四名の共有者で構成される集合体がその所有者であったものが、その後長田ヨシの持分が原告に譲渡されたことにより、長田ヨシを除いた三名の共有者からなる集合体が新たにその所有者となるに至ったものであり、同一の所有者が継続してその土地を所有しているとはいえないこととなったものである。
したがって、このことを理由にしてされた本件処分は適法である。
2 原告の主張
(一) 前記のとおり、原告は既に昭和四四年ころの時点で長田ヨシから本件土地の同人の持分を譲り受けていたのであり、したがって、実質的にみれば、本件土地については右昭和六一年一二月の時点で何ら所有者の変更はなかったものというべきである。
(二) 土地の共有者は、法三四三条一項により、自己の持分についてのみ固定資産税等の納税義務を負うものであり、ただ、その義務の履行方法として、法一〇条の二により、他の共有者の納税義務についても連帯納付義務が課せられているに過ぎない。したがって、少なくとも長田ヨシを除く他の三名の共有者の共有持分については、その所有者の変更はなかったことになるものというべきである。
(三) 長期営農継続農地に対する固定資産税等の納税義務免除の制度が、長期にわたって営農を継続したいとの意思を有している者の保護を目的として設けられた制度であることからすれば、土地の所有者が当該土地を農地として保全したか否かは、あくまでも当該農地が農地として継続しているか否かによって判断されるべきである。本件では、自ら農業に従事している原告が、自らは農業に従事していない共有者から、農地を維持するためにその持分を譲り受けたのであり、このような行為は、農地を保全した行為でこそあれ、農地を保全できなかったと評価される行為でないことは明らかなものというべきである。
第三争点に対する判断
一所有者の変動と長期営農継続農地の保全
1 法附則二九条の五第一項の規定が、長期営農継続農地に対する固定資産税等の納税義務の免除の要件として、「土地の所有者が」当該土地を長期営農継続農地として保全したことを要求していることからすれば、当該農地の所有者がこれを他に譲渡した場合は、仮にその後もその土地において同一人によって営農が継続されている場合であっても、当該農地を引き続き長期営農継続農地として保全したものとはいえないこととなるものと解すべきである。このことは、長期営農継続農地として保全できなかったとして徴収猶予の決定が取り消された場合においてもなおその納税義務の免除が行われる事由を定めている法附則二九条の五第八項及び地方税法施行令(以下「令」という。)附則一四条の五第七項の規定が、その土地の所有者が死亡した場合には、その土地における営農の従事者が誰であったかを問うことなしに、当然にその土地が長期営農継続農地として保全されなかったこととなることを前提とした定めをおいていること(令附則一四条の五第七項三号)からしても、根拠づけられるものと考えられる。
2 また、法附則二九条の五第一項の規定による長期営農継続農地の認定が、一定の要件を備えた一団の農地を単位として行われることとなっている(令附則一四条の五第一項)ことからすれば、右の長期営農継続農地としての認定を受けた土地の一部について右のような所有者の変動が生じた場合であっても、やはり長期営農継続農地としての保全できなかったものとして、徴収猶予の決定は取り消されることとなるものと解すべきである。
二共有土地に対する固定資産税等の賦課に関する法律関係
1 共有に属する土地に対する固定資産税の納税義務に関しては、これが法一〇条の二第一項の規定にいう共有物に対する地方団体の徴収金に当たることからして、納税者たる各共有者が連帯しその納付義務を負うこととなることは明らかである。ところが、この場合の課税標準を共有土地全体の価格とすべきかそれとも各共有者の共有持分の価格とすべきかについて、前記のとおり原告と被告の主張が対立している。
2 しかし、法三四三条及び三四九条の規定によれば、土地に対する固定資産税は土地の登記簿上の所有者に対してその土地の価格を課税標準として課するものとされており、共有土地の場合について特別の課税標準を定める等の規定は置かれていない。そもそも、法は、三四二条三項に所有権留保付売買に係る償却資産を固定資産税の賦課徴収については売主と買主との共有物とみなすとの規定を置いていながら、その持分の割合を定める規定を置いていないこと等からもうかがえるように、共有物に対する固定資産税の賦課に当たってその課税標準が各共有持分の価格によって定まるものとはしていないものと考えられる。すなわち、共有土地に対する固定資産税についていえば、法は、三四三条及び三四九条の規定により、その共有土地の共有者全員が共有土地全体の価格を課税標準とする固定資産税の納税義務を負うものとするとともに、一〇条の二第一項の規定により、共有者がその納税義務を連帯して負担するものとしているものと考えられる。この関係は、被告の主張するように、共有者全員が集合的に単一の納税義務の主体となるものとして、その賦課徴収に関する法律関係が構成されているものとも説明することができるのであって、右三四三条及び三四九条の規定と一〇条の二第一項の規定の両者が相まってそのような法律関係が構成される結果となっているものというべきである。
3 これに対し、原告は、区分所有に係る家屋の敷地の用に供されている土地に対して課する固定資産税について各共有者の共有持分割合によってあん分した額の納税義務を定めた法三五二条の二の規定が、法一〇条の二第一項の規定の適用を排除するのみで、法三四三条等の規定の適用を排除してはいないことを理由に、もともと共有土地の共有者は、自己の持分についてのみ固定資産税の納税義務を負担することとされているものと解すべきであると主張する。しかし、右法三五二条の二の規定は、共有土地の価格自体を課税標準として計算した額ではなく、共有土地に係る固定資産税額を各持分割合にあん分した額の納税義務を定め、また、一定の場合については各納税義務者の持分の割合を補正することをも認める等、単に共有者の連帯納税義務に関する法一〇条の二第一項の規定の例外を定めるに止まらず、固定資産税の課税標準自体を定めた法三四九条の規定の例外をも定めていることは明らかである。そうすると、原告の主張するように、法三四三条等の規定が共有土地については各共有者が自己の共有持分の価格によって固定資産税を納付すべきことを定めているものと解したとしても、やはり法三五二条の二の規定が右三四九条の規定の適用を排除していないことは理に合わないということになってこよう。したがって、いずれにしても、右法三五二条の二の規定の文言は、前記のような解釈を採用することの妨げになるものではない。
4 なお、以上のような法理は、固定資産税の場合と同一の納税義務者に対して同一の課税標準によって賦課されることとなっている(法七〇二条)都市計画税の場合についても、全く同様にあてはまるものというべきである。
三本件処分の適否
1 本件土地については、前記のとおり、昭和六一年に長田ヨシがその共有持分を原告に譲渡しているのであるから、その一部(一部の共有持分)について所有者の変動が生じたこととなり、右一において検討したところからすれば、これによって、本件土地が長期営農継続農地として保全されなかったことになるものといわなければならない。
したがって、このことを理由に被告のした本件処分は、適法なものというべきこととなる。
2 これに対し、原告は、まず、原告は既に昭和四四年ころの時点で長田ヨシから本件土地の共有持分を譲り受けていたものであり、実質的にみて、昭和六一年の時点でその譲渡が行われたものではないと主張する。
しかし、農地の所有権の移転については、農業委員会の許可を受けなければその効力が生じないものとされているところ(農地法三条一項、四項)、右共有持分の譲渡について農業委員会の許可のあったのが昭和六一年になってからであることは前記のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。
3 次に、原告は、土地所有者が当該土地を農地として保全したか否かは、当該土地が農地として継続しているか否かによって判断すべきであり、本件の場合のように、自ら農業に従事している土地の共有者たる原告が、農業に従事していない共有者からその共有持分を譲り受け、その土地で従前と同様に営農を継続している場合はその土地を農地として保全できなかった場合には該当しないと主張する。
しかし、農地の一部についてでもその所有者に変動が生じた場合には、その農地の営農の主体の同一性には変更がない場合であっても、農地としての保全が行われなかったこととなるものと解すべきことは前記のとおりであり、この農地の一部についての所有者の変動という場合から、共有持分の一部についての所有者の変動の場合を除外して考えるべき根拠はないものといわなければならない。しかも、共有土地に対する固定資産税等の賦課に関しては、共有者の全員が集合してその納税義務主体たる所有者の地位を構成するという関係にあるものとも解されることは前記のとおりであり、そうすると、その共有者の範囲に変動が生じた場合には、そのことだけで、右固定資産税等の納税義務主体たる所有者の同一性が失われることになるものというべきである。
確かに、原告の主張するように、長期営農継続農地に対する固定資産税等の納税義務免除の制度が長期営農継続の意思を有している者の保護を目的として設けられた制度であることからすれば、本件のような場合については、右の共有持分の譲渡によっても本件土地を利用して行われる営農の同一性、継続性は何ら阻害されていないのであるから、原告が納税義務の免除を受けられなくなることが不合理であると考えられる面のあることを否定できないところである。しかし、この長期営農継続農地に関する固定資産税の納税義務免除制度が、市街化区域内農地のいわゆる宅地並み課税の措置に対する一種の政策的な例外措置として設けられたものであることは前記のとおりである。そうだとすると、法が農地の所有者の形式的な同一性の継続の有無という厳格な基準によってその例外措置の適用限界を画することとしたとしても、それを一概に不合理な立法とまですることはできないものと考えられる。
したがって、いずれにしても、この点に関する原告の主張は採用することができない。
(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)
別紙物件目録<省略>